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2004.10.28

試練?

 何かの試練だろうか。日本人が日本人としての気質を忘れているから、足元を見ろと言うことだろうか。あまりにいろいろな事が起きすぎる。

 日本が戦争をしていたことを知らない大学生がいると聞いたばかりだった。自分さえよければ良いと思う人が多すぎる。自分の行動がどのように世の中に影響するか。この後どんな事になるか予想も想像もできないのだろう。自分の興味心だけを探求する。ぶち当たって初めて気づく。転ばないと気づかない生き方。明日のことは考えてない。とはっきり言う中学生。このまま大人になるのだろうか。

 そうかと思えば、痛々しい避難生活。都会だったら、あそこまで協力し合って共同避難はできないだろ。他人事ではないけど、何をしたらいいのだろうか。

 ニュースを見ていると、災害をえさに詐欺をする人、義捐金を盗む人。いったい、日本はどうなっているんだろう。お互い様、助け合いの精神よ、よみがえれ。

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2004.10.26

物忘れ

 最近、妙に物忘れがひどい。前々からその気はあったが、ひどくなった。
三歩歩くどころか、立ち上がった瞬間に何をしようとしたか忘れる。
トイレで思いついて、ドアを閉めた瞬間に忘れる。

 100円戻ってくる温泉のロッカー。いつも100円を取り忘れる。忘れてはならない、と思っていたら中の物を取り出すのを忘れてしまった。
 しばらくして、気づきあわてて戻った。有って良かったよ。財布に携帯にデジカメ。安心したけど、仲間に待ってもらったので、急いでドアを閉めたら思いっきり右手を挟んで、しびれて動かない。情けない。

 昔のことは、詳細によく覚えているのに、今さっきどこに置いたのか嘘みたいに覚えていない。こんな狭い家なのにどこに置いたのやら。湿布はどこに置いたのだろう。

 47歳から物忘れがひどくて、アルツハイマーになり退職を余儀なくした人の話がテレビでやったのはつい最近。昨日は何をして過ごしたか思い出せない日も有る。何をどう気をつければいいのだろうか。あーあ、情けない。

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2004.10.22

電話じゃないのに

 有る会社に行きました。階下にあるインターホンで呼んでくださいと、電話で言われたので私はその通りに、会社を訪ねてインターフォンを押しました。
 「はい」「○○ですが、△△さんいらしゃいますか、先ほど電話でお約束した者なんでが」「△△ですね、少々お待ちください」と同時にインターフォンからは、電話の保留音。なんとかフォンとかで、きっと電話で訪問者も受けることができるんでしょうね。そんな音のする前で待っているのも何か変なので少し離れて待っていた。
 本人が降りてきて、その音に気づいた「なに、これ」って。私もなんと答えていいやら。そうなるんですよ。お気をつけください。と心の中で言うのであった。

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2004.10.16

初めてのプロ野球観戦

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 今シーズンはスタジアムに一度は行こう。ってオープン戦の始まったときのわが家の話題。それが梅雨が去り、夏の去り、阪神戦もすっかり終わってしまった。今年一番の寒さの今日、それも最後の最後の試合を見たのです。寒かったです。夜には日本シリーズが有るというのに、なんか変な感じ。

 最後の試合だからか、外野席は無料の自由席。3時半頃に行ったら6回の裏。内野は空席ばかりが目立つけど、1塁側も3塁側も外野は立ち見も多くほとんどの席は埋まっていた。

 スタジアムに入るのは何年ぶりだろう。外野席ってこんなに傾斜がきつかったかな。としばらくは場慣れせずに様子見。

 ガラガラのスタンドではグローブを持った子供達がファールボールを追い掛けてかけずり回っている。ファールボールってもらえるんだ。ファールボールどころか、選手が練習したボールもスタンドに投げ込んでいる。最後のサービスなんだろうか。初めての私には勝手がわからず。

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 試合はヤクルトが1点リードしていたが、8回に1点追加の2点差。しかし、その裏に2塁打で同点。その打球が私の方めがけて飛んで来た。手前のフェンス直撃だったけど。迫力。
 9回にホームランで1点追加、ヤクルトが逃げ切った。3回だけ、1時間半ほどの観戦だったけど、充分の見応え。ヤクルトの東京音頭も見たし。満足満足。

 古田も今シーズンは本当にお疲れ様でした。山下監督も2年間お疲れ様でした。でも、もしかして2年とも最下位?ヤクルトは勝って2位。最後の最後の試合なのに、単なる消化試合では無かったのだ。知りませんでした。

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2004.10.15

 You Speak English?

 駅の改札口でボーっと友達がやってくるのを待っていたら、突然目の前に外人が立っていて「 You Speak English?」と聞くのである。
 横須賀に住んでいた私は外人はよく目にしていて、外人アレルギーでは無いがアルファベットアレルギー。それでもできる限りの事はしたいと常々思っている。

 「 little」と答えると、困惑した顔。確かにリトルってどのくらいのことを言うのだろうか、と私の頭の中をよぎる。
 相手もだめもとで聞いてみようと決意したらしい「ほにょろろ、ほにょ横浜ほにょほにょスタジアム」「yokohama sutajiamu? ok、ok」なにがOKなのかそう口から出てしまった。OK牧場じゃなくて良かった。

「Yes!」横浜スタジアムに行きたいのか。指をさしながら「3いや、thierd Iine Negisisen get on」と言うと、「Sanban ok」「 Get Off Knanai 」「How ほにょほにょ Station」なんだかわからなかったけど、たぶん何個目の駅かと聞いたのだろうと「two」と指をだしながら言う。「kannnai ok」「ほにょほにょTicket」「あっち」と切符売り場を指さす私であった。「Thank you」
 しかし、彼は切符売り場とは逆の方に行くのである。ちょっと待って、と言いかかったら、そっちに仲間がいたらしい。10人ぐらいでぞろぞろと切符売り場の方に有る行った。ちゃんとついたかな。

 向こうの言っていることの半分もわからなかった。いや、半分どころか短いやり取りの中で数個の単語しかわからなかった。けど、まぁどうにかなって良かった。

 英語はしゃべれない。でも、去年、初めての外人体験で私の意識は少し変わった。ちゃんとしゃべれなくても何とかなる。買い物だってできた。外人が日本に来てしゃべる日本語はとっても変でもなんとか通じる。逆だっていいじゃない。
 ちゃんと発音しようと思うからできない。気持ちが有れば通じる。やって見るのが一番。でも、チキンは本当にどこに行っても通じなかった。

 そんな時、どこかの英会話学校の電車の中吊りに「あなたは何個の単語を知ってますか。100個ぐらいはあるでしょう。それでしゃべれます」って私の気持ちを表すような広告。ちょっっとぐらついたけど、英会話教室に通い切れる自信はないし、お金もない。夫はとりあえず英語の放送でも聞けばと言う。

 アルファベットアレルギーの私が読み書きはできなくても、せめて相手の言っていることは理解したいと、3度の海外経験で強く思うようになったのは自分ながら凄いことだと思う。
 学校で習った現実味のない英語はちっとも身に付かないけど、こうやって考えると、頭にアルファベットに対して油紙が貼られたように滑り落ちていったなが、少しは頭にとどまるようになったから不思議。
 その気持ちがどこまで持続するかは自分でもわからない。

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2004.10.13

住宅展示場の見学

 先日みなとみらいの住宅展示場に行ってきた。最新の家はどうなっているのか見てきた。
 驚き。私の頭の中に有る既成の物が過去の遺物。って感じ。展示場だから最新の最高が展示してあるんだろうけど。

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 最初に入った三菱地所のお家。家の中にほとんどドアが無いんです。全館空調だからドアが無くて、部屋の中が一定の温度になっている。365日空調を入れっぱなしで、温度管理。窓を開けようが、出かけようがつけっぱなし。つけたり消したりのモーターの動力を考えたら、つけっぱなしの方が安く上がるらしい。
 吹き抜けのリビング。洗濯物を干す場所もない。乾燥機なんですね。

 キッチンダイニング。何げに入ってみたけど最初は書斎?と思ってしまった。シンクが無ければキッチンとは気づかないほどすべてが収納されているし、ガステーブルもない。凄い。アイランド型。そこで簡単な食事も出来る。

 他3軒ほど見たけど、驚き。床暖房は玄関にも有ったりする。窓は二重サッシ。しかし、外の音があまりに聞こえないのも嫌だなぁ。

 シックハウス症のためか、壁も珪藻土だったり床が無垢だったり。地下室はあるし。でも、やっぱり驚きはキッチン。ユーティリティーが有ったり、家事コーナーがある。こんなに広い家に住めればいいが、これらのどこまでを選んだ家を普通の人は建てるのだろうか。私には夢の夢だけど、見るのは楽しい。

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2004.10.12

ゴミの分別回収

 ゴミの分別回収が始まって半月近くが過ぎた。
私は会社でISO14001の凄い数の分別をしていたので苦ではない。
 横浜のゴミ焼却は高い温度で焼くのでダイオキシンも出ないと、今までは何でもかんでも燃やしていた。横須賀から越してきたときは、ビンも普通に捨てていいの?とびっくり。横須賀の時は燃えるゴミ燃えないゴミだった。今では横須賀も分別収集だという。
 
 それにしてもプラゴミの多いこと多いこと。一週間に一度の回収でこれだけになるんだ。家にやってくる容器のほとんどがプラ。本当にこれがリサイクルされるんだろうか。

 エントランスにいると大きなゴミ袋を持って男性が降りてきた。あのゴミをどうするのだろう。どうしても気になるお節介な私は「明日はまだ古紙の日じゃないですよね」と言ってしまった。
 「あっ、私はレストランをやっているんですが、どうしても分別が出来ないので店で捨てようと思っているんですよ。ゴミを持って歩くなんて恥ずかしいのですが」と言う。ゴミ袋を何げに見ると確かに紙ゴミではなく以前の無分別のゴミが入っていた。

 こんな人もいるし、分別をしないで出す人もいる。だんだんと回収されないゴミ袋が増えているようだ。残されたゴミはどうなるんだろう。

 わが家でも、これはゴミ?古紙?プラ?と悩んでいる人間がいる。あっ、プラって書いてある。自分で持ち込んだものは自分で分別を基本にするつもり。
 ビールの王冠はどうするの?私はゴミ大臣じゃないから、全部は知らないよ。冊子を見てよ。
 確かに生ゴミは半分以下になった。しかし、ゴミが30%も減るのだろうか。

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2004.10.11

散歩 三殿台遺跡へ

 3連休っていっても天気も体調もいまいち。家の中にいて同じ顔をずーっと見ていると、なんか外の空気が吸いたくなってひとりで散歩。

 あてもなく歩いていると、蒔田の駅近くに「三殿台遺跡1.5キロ」の案内を見つけた。なんと懐かしい名前。小学校の時に当時、磯子に住んでいた担任に連れて行ってもらった場所。このあたりに有ることは知っていたけど、こんなに近かったんだ。と、その道に入ってみる。

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 一方通行のその道は妙に狭く歩道もほとんど無い。分かれ道が有っても道案内がない。ひたすらまっすぐに行く。しばらく行くと、道幅が広くなりマンションだらけの風景になってきた。こんなところだったかな。10月も半ばになったというのに歩くと暑い。歩いているうちに、イライラしていた気持ちも和らいできた。

 やっと看板みっけ。階段を昇ると蒔田の町、弘明寺の町、上大岡に清水が丘が見える。天気が良ければ富士山も見えた事だろう。

 真ん前に来たが、この風景は私の頭の中にはまったく残っていない。当時はこんなにマンションも無かった事だろう。もっと田舎田舎していたような気もする。

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 竪穴式住居の入り口で記念撮影をしたのは覚えている。正面からは再現された竪穴式住居は見えないが、のぼっていくと見えてきた。そうそうこれこれ。この芝生ではなく一面のクローバーの上で遊んだ。当時のままなんだなぁ。

 資料館の写真を見ると昭和40年代は周りは普通の家しかなかったようだ。妙に懐かしい草原だった。

 ここは海抜55メートル。こんな高台に竪穴式住居がなんで有るのかと思っていたら、弥生時代はここのすぐ下は海だったようだ。時とは凄い物だ。

 なんか、昔の忘れ物を拾った様な気持ちになって、来た道を戻ってきた。帰りは妙に早かった。前々から一度行ってみたかった喫茶店をのぞいてみるが、満員。仕方ないので、ファミレスでコーヒーブレイク&読書。家で読むとすぐに眠くなるのだが、ゆっくり読めた。

 目が疲れると、人間ウォッチング。こんな時間に小学生が二人でやって来てパフェにピザ、フライドポテトにドリンク。食事なのか。おやつなのか。それにしても豪勢だ。今の小学生はこんなものなんかな。

 たまに知らない道を歩いたり、知らない店に入ったり。こんな時間の過ごし方も楽しい。

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2004.10.10

台風直撃の後

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 台風一過の天気を期待していたのに、起きたら曇り。ベランダから外を見たけど見える範囲では変わらず。川も氾濫しなくて良かった。

 なんか静かだ。おっ、電車がまだ走ってない。京急が止まるんだから凄いんだと思っていたら、崖崩れだという。
 新聞にはトンネルの前で崩れている写真が載っている。どこかと思えば日ノ出町駅のところ。朝からヘリコプターがそのあたりをウロウロしていたのはそのせいか。

 野次馬根性で散歩がてら見に行く。日ノ出町駅の近くに行くと土の臭いがプンプンしてきた。もう復旧作業は終わったのだろうか、作業員がかたづけていた。試運転が走ったので、もうじき開通すると。どこかにおじさんに説明していた。代行バスはまだ走っている。

 丁度ホームの上に橋があって、現場とホームがよく見える。家が崩れ落ちなくて良かった。もう一方の土手も崩れれば6階建てくらいの建物が崩れ落ちてきたかもしれない。
 改札が再開したところでホームにも人は入っていた。しばらくして、下りの普通電車が入ってきた。まだ知っている人は少ないようでガラガラ。20時間ぶりの開通。なんと、丁度そんな時に現場に行ってしまった私。
 散歩の帰りに見た電車はギュウギュウの満員だった。
 徹夜の作業お疲れ様でした。
 
 ボーダフォンは24時間たっても開通しない。神奈川のどこかの停電が影響してると言う。いったん、京急の復旧とともに開通したのがだ。再び圏外になっていまだに圏外。ボーダフォンしかないひとは大変だろう。

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2004.10.09

台風直撃

 3連休だというのに、台風の直撃だと言う。それもとても強いという。私はどこにも出かけないからいいけど、お出かけ予定だった人は大変だろう。

 ベランダは昼間に片づけてみた。が、風向きのせいかほとんど影響なし。中心がやってくる前の方が、窓ガラスに雨が当たったり、風音がしたり、換気扇からゴミが降ってきたりで、いよいよか。って感じだった。
 5時半頃には耳がキーンと、山を登ったときにようになってからは、突然に静かになった。部屋の中では音がしなくなった。どうしたのかと、外を見ると雨がよこなぐり。風向きが変わったので、静かになったようだ。

 テレビのニュースを見ていると横浜の凄い映像が映っている。京急が全線で運休というのだから、やっぱり凄いんだろう。あの京急が止まるんだから。
 7時前には星が見えた。明日はいい天気か。

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2004.10.02

 友達の家に行った

 友達が家を建てたので見に行った。お祝いも何も持たずに行ってしまった。
家は3軒目で自分の理想の家になる。とどこかで見た覚えがある。彼女たちの家はまさしく3軒目。最初は建て売り住宅。次がマンション。そしてついに、土地を買い、注文建築の家が建った。それが10年ちょっとぐらいの間だからびっくり。

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おおぞら君です。ぼくは本じゃないよ〜ぉ

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