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2004.12.31

年賀状

 今年は年賀状を書く時間が無かった。あまりに暖かかったのでそんな気分になれなかったのか。元旦に書いて出そう。
 本当はそれなんだろうな。正月に挨拶に行けないから賀状で失礼する。って事。松の内に挨拶が出来る場合は出さなくてもいいと思うのだが、実際にはそういうわけにはいかないのか。
 
 年々パソコンを使った年賀状が増えていく。あまのじゃくな私は数年前から手書きにしてきた。いや、宛名書きだけはパソコンのお世話になっている。
 パソコンで年賀状を作ると、一度住所を登録すると滅多のことがないと省かなくなると言う。一枚一枚宛名を書くときは、もらった年賀状を見ながら、この人はいいか。なんて吟味する。
 確かに喪中だけははずすけど、増えることは有ってもリストから消すことは余りないもしれない。と去年の新聞を読んだときに思った。

 そして、今年いただいた年賀状を見ながら、裏も表もパソコン印刷。そして一文字の手書きも無いのが何枚か有った。仕方なく出しているのか、義理で出しているのか。そうか、一枚一枚を見ていないから、誰に出しているのかも知らないのか。まるで、生存通知みたいだ。

 それを見て、何もコメントを書くことがない人には挨拶をするのは止めようと思ったのでした。もらった方だって、何も書かれていないのは寂しい。新年の挨拶をする。って事を考えたら、多少に近況は有るはずだ。

 義理年賀状に義理チョコは資源の無駄なので止めよう。
さて、年賀状作りだ。

今年もあと4時間。皆様良いお年を。

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大晦日

 大晦日なのに3時まで仕事をした。仕事納めまで使っていると、年始めまでに研ぎ上げてくれるところは無いのだろう。去年も仕事をいただいた先。何であろうと、あてにしてもらえるのは嬉しい。
 
 そして、大晦日になんて言う天気だろう。雪と雨。こんな日に雪が降ると世の中は大変。帰省する人も、高速道路は通行止めだし、新幹線も在来線も運転見合わせ。
 買い物も大変だし、初詣も大変だ。

 キレ易くなったのは、人間だけでなく、天気、地球もか。寒くならない、暖かい。と思ったらこの寒さに雪。一週間前まではどこのスキー場も雪不足で年末は開店休業とやっていたが、ここ数日でドカ雪。限度を知らない降り方。
 雨もそうだったか。降らないな。と思っていたら半端じゃない降り方。そして凄い気温。自然界の生き物もおかしくなっている。茸も毒を持つことで自分を守るようになったという。

 来年はどうなるんだろう。もっと何もかもが異常になるんだろうか。このまま人間の異常が進むと、地球はどうなるのだろう。
 そう思っている人たちが、自分が何かをして何になる。では無く自分でも出来ることから何かを変えないと本当に、まずい世界がやってくる。私自身にも言えることだが、何かをしなくては。

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2004.12.29

宇都宮餃子食べ歩き

 湘南新宿ラインで横浜から乗り換えずに宇都宮まで行けるのが凄い。2時間掛からず行けるのが楽珍。その上、10月の改正でグリーン車(G車)が付いた。それまでは、運転距離が長いのにどうしてG車が無かったんだろう。あくまでも今までのは試験運転で、どのくらいの需要が有るか試していたのだろうか。まぁ、とにかく良かった。その上、18切符でG車に乗れるようになったのだ。こりゃ嬉しいこと。

 と言うわけで、18切符で往復G車で宇都宮に行ってきました。

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宇都宮、宇都宮。電車に乗ってお出かけ。でもね、その前にお財布持ったぁ。

 今日ね、10時頃にお出かけするって言うから楽しみにしたいたの。そしたら、ゆ爺ちゃんが起きてきたのが、10時だったんだよ。それでも2時前には着けるからって、お出かけ。

崎陽軒の駅弁

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 2時過ぎまで食べられないのはいやだ。と横浜駅で1番小さい駅弁。幕の内弁当梅 510円。前には小学生弁当って言うのが有ったのよね。



湘南新宿ライン

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 湘南新宿ラインの車両は新しくなったらしい。G車の座席の上にはこんな物が付いていて、検札が終わると、赤ランプが緑に変わる。だから、どこの座席が空いているか入り口のところでわかる。車内販売もであるのだ。

 宇都宮や高崎まで行くのならば、何も新幹線を使わずにこれでのんびり行くも良い。横須賀線乗り入れなら逗子まで。東海道なら小田原まで。この距離この路線を乗り換えずに行けるというのは凄い。

来らっせ

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華ざん260円、味一番330円、清源の水餃420円

 宇都宮駅で餃子マップをゲットしてから、歩いて長崎屋方面に行く。「正嗣本店」、「みんみん本店」は長蛇の列だったので素通り。「来らっせ」と言う店は、いろんな店の餃子が日替わりで食べられるというので、そこに入ってみる。長崎屋の地下にその店は有ったのだが、通り過ぎた2店舗とは違い、誰も並んでいないし、店の中のお客さんもポチポチ。本当に入るの?と確認したが「GOGO!」という。

 なんでそんなしかめっ面で食べる?。と夫が言うが、これが宇都宮餃子の味なのか。とどうも納得が行かない味だった。やっぱりそのお店に行かないとだめなのか。

南宇都宮

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 東武に乗って次の駅へ。宇都宮ではパスネットを使って入ったのに、ここは自動改札ではなかった。反対側は降り口は有るが改札さえなく、駅員さんが一人たっていた。なんか、なつかしい駅。

 しかし、東武はバス並の時刻表。1時間に2本3本。

正嗣 鶴田店の餃子

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 南宇都宮駅から歩いて10分ほどで「正嗣 鶴田店」ここは並んではいなかったが、カウンターのみの席は8割方が埋まっていた。中にはいると、大量の宅配便。5人前ひと箱で送ってもらえるが、凄い。凄い。5箱までは送料が900円。これほどまでに人気が有るらしい。食べてから持ち帰ったり、発送を頼む人が多い。

 ひと皿6個で1人前。3人前を頼むと、シングルとダブルって皿で出てくる。一人前170円。これは安い。ここは餃子だけの店。ビールもライスも無い。焼きか水のみ。

 最初に食べて、ずいぶん生姜がきいているな。と思い、次を食べると塩がきいている。どうも混ぜ方が足りないのか。これだけの量の餃子を作るのだから、こうなってしまうのだろうか。

 帰りはJRの鶴田駅。ここへも10分ほどで着いた。夫はこれで予定数終了だという。お腹一杯。確かにお腹はそうなんだけど、気持ちが満足していない。このままじゃ、宇都宮餃子に対して消化不良。良くも悪くも。

みんみん パセオ店

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 夫は正嗣の餃子が旨いという。私はまだ納得できる味じゃない。どこでもいいからもう一軒行こう。それで自分の中の決着を付けるから。と言うことで、駅から一番近い「みんみん パセオ店」に行く。行列は出来ていないが、すぐには着席できなかった。これで最後だからとビールをオーダー。

 やっと私の顔に笑顔が出たらしい。餃子を一口食べて、ビールよりご飯が食べたい。100円のライスを追加。焼き餃子はひと皿6個220円。

 ここでやっと納得の行く味付けの餃子に出会った。やっぱりこの位に味は付いていないと。そして、餃子にはやっぱりビールかライスが付いて味を盛り上げることがわかった。正嗣の餃子もご飯と一緒に食べたらもっと美味しかったか。焼きで持ち帰る人が多いのはそういうことだったか。

 これで宇都宮の餃子には納得。満足。最後にみんみんに入って良かった。でも、結論は自分の餃子が一番旨い。って事かな。

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大掃除したいけど

寒い。外は4度。昨日の天気予報では雪だと言っていた。
室内は17度。それでもストーブは付けたいとは思わない。
今日はベランダと窓ガラスをやろうと思っていた。けど…
窓ふきは晴れの日より、曇りや雨の方がきれいになると言うが、ちょっと寒いなぁ。
でも、今日やらないとこの見通しの悪いガラスで年を越すことになるのは嫌だなぁ。
なんか、今年は新年を迎える体制を自分なりにしたいと思っているンだぁ。
さて、そうするか。

はなまるマーケットに巨人の工藤投手がカフェに出ています。
先ほど、紹介された「冊子」あれ、私持ってます。って、だから何なの。
書きたかっただけです。

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2004.12.27

わが家のはやて君

 わが家には1歳2ヶ月のセキセイインコのはやて君がいる。雄のインコはしゃべると言うから飼ったのであるが、確かにしゃべることはしゃべる。

 嫌な事件ばかりが続いているけど、はやてのひとりごとを聞いていると楽しい。でも、教えたことはほとんどしゃべらない。あんなの根気よく教えたのに。

「ピピピピ」「もしもし」「はいはい」「ハイわかりました」「プープープー」「カシャ、カシャ」と機嫌がいいといつまでもしゃべっている。

そんなに電話が掛かってくる訳じゃないのに、電話をかけて話をして、留守番電話で切れたときの音までもまねする。電話の呼び出し音などは、間違って受話器を持ち上げてしまうほどに上手い。

携帯カメラの音も得意である。他にもいろいろ言うのだが、悲しいかなまだ聞き取れるまで上手におしゃべりが出来ない。
教えた、おはよう、はやて。などというのは、まったく無視されている。

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マグニチュード9って

 凄い。想像が付かない。地震の揺れだって凄かっただろうけど。地震が起きた後に海からは避難しなかったのか。
 それにしても、映像を見ていると凄い。足がすくんで歩けなかったというのはわかる。

 しかし、日本のメディアは世界中どこにでも派遣されているんだな、と驚き。どこで事件事故が起こっても、すぐに日本人の特派員からの映像である。電話での報告でないところがすごい。

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2004.12.23

今日は実演納め

 今日は今年最後の外での実演。昨日から明日は寒いな、と思っていたのだが、思いのほか寒さは感じなかった。
 今日は晴れていたので、直接の太陽が当たらなくても、目から入ってくる光で違うのだろうか。前回は本当に寒くてふるえていた。曇っているし、久々の寒さで人は出てこない、研ぎ物もこない。
 今日は朝一から仕事はやって来た。寒さ対策にマスクをして、下は重ね着、絹と綿のズボン下に毛糸のパンツ、そしてレッグウオーマー。当然靴下は重ね履き。これだけ下半身を暖めると上半身はそんなに着込まなくても寒くはない。しかし、さすがに指先は冷たかった。

 研ぎ箱の水が冷えると砥石も冷える。すると指も冷える。途中で何度も水を取り替えるのだが、水道水が温かく感じる。
 店主が気をきかせてお湯はどう。と。人肌以上の温度だと出した手が余計に冷たかった。あっという間に、手がひび割れ状態でガサガサ。やっぱり触ってみて暖かいと感じるほどの温度ではだめなんだ。

 水道水にほんの少しだけ湯を入れて、何度も入れ替える方がベターなようだ。もう、店じまいをしようと片づけ始めたら、2本の受注。もうおしまいだからと、水を取り替えずに研いだら、こりゃぁ、指が冷たい冷たい。感覚がなくなってしまった。研ぎ終わってタオルで寒風マッサージ。
 しかし、思ったより寒くは無かったし、お客さんもくれ、包丁も売れたので良かった良かった。

 そうそう、11月に犬山に出張したときにテレビ愛知の取材が有ったのです。いや、私の取材ではなく、店頭を貸してくれている店なんです。
 地元の取材なので私はその場を離れたら、ぜひそこで研いでいてください。と言われてそのまま仕事をしていたのですが、それが今日、愛知で放映が有ったそうです。私の姿はしっかり放映されたそうな。全国放送ではないのでビデオを送ってもらうことになった。自分の姿がどのように映っているのかと思うと、ドキドキ。

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2004.12.22

リュックだけがひとり旅

 11月のある日。調子よくないなぁ。何でいつまでも調子が悪いのかなぁ。出かければ治るかな。と出かけて見たものの体調が良くならない。
 お泊まり道具が入ったリュックがどうにも重い。運悪く座席は空いていない。網棚に乗せたら忘れるなぁ。と思いつつ乗せた。
 武蔵小杉で乗り換え。JR、JRはこっちだ。とエスカレーターに乗ろうとしたら背中が軽い。あーあー、やっぱり、やってしまった。

 あわてて、改札口で「今の特急にリュックを忘れたのですが…」「どのあたりですか」と聞かれて場所はしっかり覚えていたのだが、リュックのメーカーを言えなかった。
 次の自由が丘で捕まえてくれるのかと思ったら、渋谷だと言う。お急ぎですか。と問われたが、時間は大丈夫です。渋谷から連絡が来るまで待ってください。と言われ改札の横で待つこと20分余り。

 有りました。と連絡。渋谷までの往復チケットをくれるんですね。忘れたのは私なのに。
しかし、渋谷まで行くのならばここへ戻るより渋谷からJRに乗り換えた方がいい。ここまで戻らなくてもいいですか。と言うと大丈夫だと思いますが、向こうでその旨を伝えてくださいと言われる。

 で、渋谷までリュックを追い掛けて無事にご対面。おみやげにするノアレザンも無事だった。荷物チェックをしてリュックは無事の私の手元に戻ってきた。いくらいつも渋谷まで乗るからとリュックだけが渋谷まで旅をするとは。

 東急さんは親切でした。武蔵小杉に戻れば自己都合は何も無かったが、渋谷で降りた私は結局は自分の都合なのに東急さんに渋谷までの運賃を出してもらった事になるな。とJRに乗ってから思ったのでした。

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2004.12.21

結果報告

 最近、人にものを訪ねたり、教えてもらってもそのままな場合が多い。別にお礼が欲しい訳じゃなくて、ちゃんと出来たか、ちゃんと買えたか。私の知っていた事がちゃんと役に立ったのかを知りたいだけ。
 おかげさまで。って最近聞かないかな。

 ネットの掲示板とかで、探し当てて読んで、これは役にたった。と助かってもそのまま。ギブアンドテイクではなく、見つけ得。少なくとも個人のHPで得た情報ならば、何かしらの挨拶をしていいのでは。なんでもフィードバックしてもらうのは嬉しい。掲示板が有ればちょいと報告してもらえれば、それでいいのだ。

 現実の世界でお礼や報告が無くなって来たのは、一方的な情報をもらったのと同じ感覚になったしまったのだろうか。

 まぁ、私はなるべく結果報告はしようと思っている。

 それと聞かれても返事をしない場合も増えてきた。答えたくないのか忘れているのか。答えたくない場合も有るらしいから、最近はあえて催促をしないことにした。答えたくない、断りづらいのに返事の催促をされたら面倒らしい。

 でも、止めて欲しいのは、よくわからなかったから、答えなかった。ってやつ。わからなかったら問えばいいのに、それも面倒らしい。こうやってコミュニケーションが欠如していくのか。

 帰宅報告でも何でも、結果報告は大事。

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2004.12.20

ドラマの最終回にもの申す

 最近の流行なのか、ドラマの最終回が10分ほど長い。初回がスペシャルで2時間とか30分多いとか。そんなこともある。

 私の場合はDVDを買ってからは、ドラマはほとんど録画でみている。毎週録画でセット。
1回目を見て、これは見よう。と思ったら毎週録画にする。だから初回は長くても大丈夫。しかし、最終回が延長の場合は参るなぁ。

 朝は新聞を見る時間は無いので、電車の中で読む場合が多いのだが、そこで延長を見つけたときは本当にショック。最終回の最後の最後の10分が見られないほど気持ち悪い物はない。

って、延長に気づかない私が鈍いのか。責任転嫁か。

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眼鏡が楽だなぁ

 左目が炎症。いや、ひっかいてしまったのだ。コンタクトを5日ばかり入れず眼鏡で過ごした。眼鏡では0,6位の視力しかでない。それでも家の中では充分。しかし、左目がよく見えない。日がたてばたつほど見にくい。いい機会だから、眼鏡を作ることにした。乱視が強くなっていた。だから近くも遠くも見にくかったのだ。

 5日間も眼鏡をしていると、見にくいのだが楽だった。会社に行っているときは、装用時間も長かったし、ちゃんと見えないと不便だったが、今回は買い物に行ったときはよく見えずに不便だったのと、レンズが重いので鼻が痛いかったが、その他は妙に楽珍だった。

 誕生日を過ぎてから近場の物が妙に見にくかったのだが、それもないし、はずして洗ったり、この季節にはレンズが曇って日に何度も洗ったりする不愉快さが無いのだ。
 こんな事はコンタクトにして30余年初めて。

 で、今日はブラスチックのレンズで眼鏡を作ってみた。これでレンズが軽くなれば、もしかして30余年のコンタクト生活は終わるのか。いや、多分それは無いだろうが、眼鏡の時間が長くなるのは確実だろう。出来てくるのが楽しみだ。

 しかし、このぞんざいな正確。プラレンズはどこまで耐えてくれるかも心配事。

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2004.12.18

初めての歌舞伎観劇

 今日は国立劇場で歌舞伎を見てきた。初体験。テレビなどでちらりと見たことは有るけど、なんの知識もなく、女友達4人と見てきた。

 3階席で2500円。意外と安い。舞台というと1万円に近い料金だと思っていたので、この値段を聞いたとき二つ返事で一緒に行く。と答えたのでした。
 特別席が12000円。1等が9200円だったか。私たちの席は3階の一番前だったし、国立劇場はずいぶんと傾斜がきついので、見にくくは無かった。バレーボールの試合を2階席から見ているような物だった。残念だったのは、せっかく用意していた双眼鏡を持って行くのを忘れたこと。
 老若男女の観客。これも意外だった。もっと年配者ばかりだと思っていた。

 最初は花雪恋手紙。市川染五郎、松本幸四郎、中村芝雀。もっと堅苦しくせりふもよく理解できないと思っていたのだが、この上方和事は時勢を反映して冗談が有ったり「って、いうじゃな〜い」「残念」があり、「ヨン様」と言うのがせりふの中に入っているのは驚き。歌舞伎って笑う場面も有るとは知らなかった。

 お囃子というか、あの曲にも違和感は無かった。場面場面に重要な意味を持つ曲。まるで犬山祭りのお囃子を聴いているようだった。

 イヤホンも借りたのだが、せりふには思いの外ついて行けた。物語はよくわかった。しかし、結末はあり得ない程の万事めでたしめでたし。歌舞伎の物語ってこんな物なのか。

 二つ目の勧進帳はそれこそテレビでよく見るセット。弁慶と義経。こちらはせりふ回しもザ・歌舞伎って感じ。時折そのせりふが子守歌に聞こえてしまった。

 弁慶の口上や動きよりも、私は後ろの笛や鼓の人たちの動きや、フォローする人たちの動きに目を奪われていた。
 鼓っていちいち紐のような物を取ったり付けたり。なにも一度の舞台なのになんでそんな事をするのだろうか。
 しゃがんですり足で舞台を動く人たち。それがすべてなんなのか知らなかった。そんな事を知っていれば、歌舞伎も見方も変わっただろうか。
 
 もし、二つともが勧進帳風だったら、歌舞伎はただ眠いく退屈な物だったかもしれないが、今日は入門編としてはいい経験だった。
 次はもう少し用語やしきたりを覚えて初級編か。

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2004.12.17

なぜかTBS

 テレビを見ていると6チャン、TBSを見ていることが多い。
ウォッチから始まって、家にいるときは6チャン。週末もブロードキャスターを楽しみにしているが、日々TBSを見ていると重なる話題が多くなってくる。
 
 10時のニュースはニュースステーションが終わってからはテレビ朝日は見ていない。11時からのニュース23だけになった。ニュース23と言えば、久保田智子アナ。はなまるマーケットにいたときは、いつも眠そうで、なんかいまいち覇気が無いなぁ、大丈夫かな。と思っていたのだが、ニュース23に移動してからはまるで別人の様に輝いている。顔つきも違うし話し方も違う。朝に弱かったのかな。と一人納得している私。
 報道のTBSってそういえば最近聞かないな。

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2004.12.15

私って…

 昨日のことをくよくよ考えるな、もう過ぎたこと。明日のことを考えてもこなければわからない、
一番大事なのは今。と相田みつを。確かにそうかもしれないけど、なかなか難しい。いつも過ぎたことを悔やんでしまう。

 昨日も歯医者からの帰り道、前方からニッカポッカを履いた老人がやってくる。ここらは浮浪者や路上生活者が紛れ込んでくるので、動作が妙だと避けて通ってしまう。夕方だと判断がつきにくい。
 すれ違いざまに見たその姿は、額から血を流して心細そうな目をしていた。浮浪者じゃない、と思った瞬間「どうしたの、転んだの」と口から出てしまった。「困ったよ、うちがわからなったんだよ」と聞こえたときはもうすれ違っていた。何で止まって声をかけなかったんだろう。と振り返ると、少し先で途方に暮れた様子で腰掛けていた。

 少し考えて、何かできることはないか。「おじさんの住所はどこ」と声をかけよう。と引き返した。が、おじさんはもう歩いて先に進んでいる。走れば追いつくだろうがなぜか走る気にはなれない。車の通りが多いのに横切ろうとしている。「おじさん、あぶないよ」とやっと声を出したが、何の商売の人なのか、歩き方が妙に早い。数メートル先をズンズンと歩いていく。向こうから来る人に、何かを尋ねて「もっと向こうだよ」と言われていた。

 信号で止まった。私は追いついたのだが、後ろからおじさんの様子を見るだけで、結局は声をかけることも出来ずに、おじさんが信号を渡って歩いていくのを姿が見えなくなるまで見ていただけだった。
 私が声をかけたからとどうなることでは無いことはわかっている。しかし、こんな自分の行動が頭から離れない時が有るのだ。

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2004.12.14

ポットの残りお湯

 昔々、若かりし頃。小さな商店に勤めていた私は、いつもわが家でやっていた様に、出勤してからポットに残っていた昨日のお湯をヤカンに入れ替えて、沸かそうとした。

 すると当時50代半ばの先輩が、それはやってはだめよ。何とかだからだめ。と言われた。運勢に関わる様な事だったが、その何とかを忘れてしまったのが残念なのだが、とにかくだめよ。そういう物のなか。とそれから何年もその言いつけを守ってきたのだが、先日の新聞に、前日沸かしたポットの湯をもう一度沸かし直すとまろやかなお茶になると書いてあった。
 信じる物こそ救われる。なのか。

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2004.12.13

タイトル変更

 最近、心に何かが引っかかる。なんだかわからない。
これでいいのか、とか。
と言うわけで、今日からachaの日々あらため、「achaのつぶやき」
くだらないこともつぶやいて行こうと思います。

つぶやき=つぶやくこと。ぶつぶつと小声で言う。くどくどとひとりごとを言う。(広辞苑より)

いつもの私なんですね。くどくどと書くかもしれません。

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どうなるのかぁ、この先

 この時期に手袋もマフラーもなしで外を歩くなんて考えられないけど現実。スキー場も茶色い土がムキだし。スキー場も商売にならないという。
 しかし、このまま温暖化が続けばどうなるのだろう。北極南極の氷が溶ければ当然海水が増えて土地が減るんだろうな。
 どこぞの干潟で産卵をしていた鳥の楽園も増水で卵を産む場所が無くなっているという。

 地球もおかしければ人間もおかしい。親を殺したり子供を殺したり。どうなって行くのだろうか。

 結局は人間がこの道を選んだのは確かなこと。先日の「相田みつを物語」を見ていたら、高度経済成長期に、山をくずし野を埋めて、道路を造り宅地を造成するときの反対運動をやっていた。
 子供の遊び場を取り上げて、こんな事をして子供の心はどうなるのだ。子供の心がどうなってもいいのか。と言うくだりがあった。
 あの時期にそんな事をちゃんと考えている人たちがいたんですね。将来の心を考えていたんです。多勢に負けてしまったのは残念。戦後、占領が解かれたときに、戦前の日本を取り戻そうとした人たちもいたという。しかし、ここでも多勢に負けた。

 本当の事はどこにあるんだろう。多勢だけの意見ではなく、いろんな少数意見を聞いていたら、少なくとも当時の子供の心は壊されなかっただろう。その子供が今は親になっている。こんな繰り返しが続くのだろうか。どこかで何かをしなくては。

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2004.12.07

気分転換

 今日は久しぶりに三浦半島へ。久しぶりに行くと、空気が旨い、空が青い。海が青い。こんなにもきれいだったのか。と海をつくづく眺めてしまった。
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 今日は千葉も大島もよく見えた。 そして、山の上からもいい眺め。こんな景色を見ていると、いい気分転換。気分リフレッシュ。ミカンもイチゴも美味しかった。

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2004.12.01

お茶の入れ方

お茶って。抹茶じゃありませんよ。

とある、お宅におじゃましたら、「今、お茶入れるからね」といわれ「はい、お構いなく」とセオリー通りに答える私。

 ヤカンに水を入れて、ガスを付ける音が聞こえる。しばらく話をしていると、おもむろに席を立って台所に行った。
 急須にお茶ッ葉を入れるのが、カウンターキッチンから見える。チンチンと沸いたお湯を急須に注ぎいれ、すぐさま二つ並べた湯飲みに順番についだ。
入れられたお茶は、色も味も無かった。こんな入れ方なら当然だ。

 何が、私の気に障っているのか。この入れ方を19や20の子がしたならば、トクトクとお茶の入れ方を教えるところだが、いい年の女性が入れたのだから、どうも気になってしまった。

 珈琲の飲み頃の温度は体温プラス30度。と言うことは70度前後か。入れるときは、沸騰したお湯をいったん入れ物に移してから入れ始める、これで90度にはなる。珈琲豆も100度に近い温度では美味しくは入らない。
 紅茶は沸騰してすぐのお湯で無ければ、葉のジャンピングがない。

 日本茶は60度くらいかな。番茶でなければ、沸かし立てのチンチンしたお湯はブーだろう。高級な葉になればなるほど温度が低いはず。
 いったん湯飲みに入れて冷ます。もしくはそれなりの入れ物に入れて湯を冷ます。けっこう根気よく冷ます。
 そして、湯飲みに注ぐときは均等にそそぎ入れるか、いったん他の容器に出してから湯飲みに注ぐ。
 お湯を冷ますことで、お茶の葉はやけどせずに美味しいエキスを出してくれるはずだ。あの入れ方では高いお茶も葉も無駄。

お茶を入れる、お茶を飲むというのは、忙しい気持ちを落ち着かせたり、何かを考える時間なのだろうか。お湯をゆっくり冷ましたり、最後に一滴までそそぐのは、忙しい気持ちではできないこと。
 「まぁまぁ、お茶でも飲んで気持ちを落ち着けなさいよ」というのも有りですね。

 お茶ひとつでいろいろ入れ方は違うし、感じる物も違う。

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