« 7月7日の夕食 | トップページ | 7月9日の夕食 »

2004.07.08

アミ 小さな宇宙人を読んで

 読み終えた後に、ほのぼの感というか、充実感というか。なかなか良い本でした。
 そうなんだよ。今の世の中「愛」が足りないのだ。恋人にそそぐ愛はあっても隣人や物、植物、食べ物に対する愛がないのだ。家族愛だって昔に比べたらない。子どもの愛し方がわからないというのだから。自分さえよければ良い愛だけを持っていて、他人は関係ない。時に子どもも他人になりえる。

 なんで同じ地球人なのに仲良く暮らせないのか、なんでどこかで殺し合いをするのだろうか。と思っていた。
 争いをするのも、取り合いをするのも、そうかすべての根元は愛だったのか。愛が無いから争うのだ。同じ地球人としての愛があれば争うことはないのだ。世界の人が兄弟愛で分かち合い、助け合えばもっと良い環境になる。良い地球になる。

 このままでは地球人達は、お互いが殺し合う。そして滅びる。頭だけではなく、心の脳が無いとだめなんです。エゴを捨てて愛を育てる。そうか、そういうことか。

 世界11カ国語に翻訳されて出版されているこの本は、日本語も漢字にはふりがなが有ります。小学校の低学年でも読めます。大人が読んでも充分に読み応えは有ると思います。大人が忘れてしまったピュアな気持ちが蘇ってきます。

 「おこらなかった問題やこれからもけっして起こりもしない問題を心配して、頭を悩ませて生きていくのを止めて、もっと "いま" という時を楽しむようにしなくちゃ」と言う。確かにそうそうかもしれない。無駄な考えで脳を疲れさせている場合が多い。

 今地球を救済しないと滅びる。

”すべて、愛にいていないものは、こわされて…
時と共に、忘れ去られて、捨てられていく…”

 エンリケ・バリオス 著
 石原彰二 訳  さくらももこ 絵
 徳間書店発行

|

« 7月7日の夕食 | トップページ | 7月9日の夕食 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

 読み終えた後に??が多かった作品でしだがそうした疑問をもつことすら許されない慇懃な脅迫観念を
覚えました。
 なんでも愛度数なるものがあって人類が危機的状況に陥った場合、ある一定数の度数を持った人間だけが救済されるそうです。フィクションとしてみた場合、そうした設定も面白いでしょうが、ある種の選民思想の匂いがひどくしました。まあ本当にそんな救済が起こるとしても私はUFOに助けられたいなんて思いません。
 地球を散々けがし種を滅ぼした上に、助けられたいなど傲慢の極みです。
 隣人で間に受けてこの本を読み、救済されたいようで肉食を辞めて、人を裁くような発言する輩がいます。そうしたエゴを増長し裁く思想の根底には大きなおごりがあると強く感じました。

投稿: 韓遂 | 2005.01.27 11:14

ようこそ、韓遂さん。
そしてコメントありがとうございました。

一冊の本を読んだ人の数だけ感想があるんですよね。
いろんな感じ方があるからいいのですよね。
韓遂さんの感じ方もひとつですね。それを書いて頂き嬉しかったです。

なぜか、私は強迫観念も受けなかったし、いい子になってアミに助けられたいとも思いませんでした。

確かにハートに強い愛情をもって助けられて何百年も生きている人のことはありました。
だからと言ってそうなりたいとも思わなかった。
普段から、長く生きるのだけがいいことだと思っていないせいでしょうか。

だから、逆にアミの世界で生きてたら、退屈だろうな。飽きてしまいそうだな。と思っていました。

私が感じたのは、今の地球はどこかで争いがあり、どこかで権力を誇る人がいて、どこかで上に立ちたい人がいる。働く人もいれば、働かない人もいる。
みんなで仲良く暮らして、地球を守らないと。
このままでは地球はだめになる。人間が生きていく場所が無くなると、地球が壊れる前に何とかしないと。読みました。
肉を食べないってところもそうです。
むやみに同じ動物を食べるな。って事かな。

同じ地球人ならば、お互いに助け合いましょう。
同じ家族として生きましょう。と。

この本は3部作になっていて、今は3作目を読んでいます。

投稿: acha | 2005.01.28 18:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アミ 小さな宇宙人を読んで:

« 7月7日の夕食 | トップページ | 7月9日の夕食 »