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2014年3月29日 (土)

仏の顔も三度まで

こんにちは、てらこです。

最近、心が葛藤する事がおきるのです
なんのお知らせなのかなぁ。

人の振り見て、我が振り直せ。なんだろうな。

でも、なんだか、仏の顔も三度までを思い出しました。

ことわざ事典によると
【読み】     ほとけのかおもさんどまで
【意味】     仏の顔も三度までとは、どんなに温厚な人でも、何度も無礼なことをすれば怒り出すことのたとえ。

中3の時の担任が「仏の顔も三度までだ」と前置きをして、説教が始まりました。

対人関係はとかく煩わしい
会社勤めでたっぷり味わって来たので、もういい。
でもね、やっぱりひとと関わる以上はあるのですよね。

嫌なことも良いこともタイミングですね。

何かをされても何も起こらず過ぎる場合もある。
何かを感じても、相手の都合もあるだろうし、と思ったり。

心広いひとは、何度そんな目にあっても流して行けるのかも知れない。

でも、仏も3回までなんだ。と思うと、私も怒ってもいいのかなぁ。なんて思ってしまう。

生きて行く、何かを一緒にやるには、「氣のキャッチボール」が大事な事が分かりました。
心遣い、報告。
お願いばかりされても困る。

何かが滞ってしまった付き合いが2つあります。

仏じゃない私は、もうダメでした。

この3回分の事だけじゃなくて、過去の事までが頭に浮かんできて
あの時は分からなかったけど、そう言う事だったんぁ。
などと納得して。

あの時は許せたけど、いまはもうダメだわ。

って、私のわがままだと思っていたけど。
いいんだ、今日は、そうやって、これでいいんだ。と思う。

これ以上深くは考えるのは止めよう。
そうすれば、どこかに解決の鍵があるのかもしれない。

こういうのって、感情のツボが締まるっていうのかなぁ。
私自身では、今はアンコントロール。

時間が良い薬なのだと思う。

仏も怒るんだ
私だって怒っていい。
感情を我慢しなくていい。
それだけでも、楽になる。

堪忍袋の緒が切れる

と言うのもあるね。

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