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2012年1月

2012年1月16日 (月)

Choji LAIVE 2012 atちえのわハウスの報告

 1月15日は、成人式ってイメージが強いけど、そんな風に思う人もどんどん減って行くのかなぁ。

お天気はちょっと曇りで、寒かったのですが、雨にはならなかったのが良かった。

準備始め!!!

私たちは10時過ぎに入って、準備を始めました。
この会議室がどんな開場になるのだろうか。
今日は40人弱の方のご予約。
ありがたい事です。

バタバタしながら会場の設営も完了
そして、Wさん手作りのおにぎりで腹ごしらえ

黒千石のおにぎり

これが旨い
赤飯ではないのです。
黒豆なんだけど、黒千石と言う豆で炊いたご飯です。
買って帰りました。

粋な入れ物ですよね。
Wさんのセンスって凄いです。

そんな事をしていると、お客さま
開場の前からお客様は集まって来ました。

ライブの前に、買い物したり、ワンドリンクのサービスを受けたり。

開演前の賑わい

こんなにお客さんが沢山のちえのわさんは、初めて見ました。
フェアトレードや地物品

欲しい人と売りたい人
沢山いるはずなのに、出会う場がない。

私はそんな人たちを結びたいと思っていたのです。
それが伝わるといいのですが…

ライブが始まると、ちょっと緊張感が流れたのですが、Chojiさんの歌声は皆さんの心に響いた様です。
そして、トーク。
今年初のライブのせいか、話しがどんどんと盛り上がってきます。
私は、こんなに話しをしていいのかしら。と思いながら聞いてました。
ドット笑いは起こるし、あっという間に会場は一つの輪になりました。

幼稚園でライブや、旅先でのライブ。
地域によっては、平均年齢70歳以上のお客さまのライブ

などという話しを聞いていたお客さまはなんだか安心したようでした。

笑いと笑顔で1時間あまりのライブは終わりました。

Jさんの終わりの挨拶

物品販売デスクでは、買う気満々のお客さん
「田んぼの歌はどのCDに入っているんですか?」
と、今日初めて歌った新曲が皆さんの何かに響いた様です。

残念ながら、まだCDにはなっていない。
私もあの田んぼワールドは良かったなぁ。
富貴筒香の風景が甦って来ました。
お客さんの頭の中にも、それぞれの田んぼワールドが浮かんで来たのでしょう。

年明け早々、良い手応えのライブだったと思います。

終わった後も、話しは弾むし、買い物をする人も沢山。
どんな事になるか、ドキドキで始まったライブですが、終わってみれば、主催者、参加者、演奏者、企画者。
みんなが笑顔のひとときでした。

楽しかった
いい時間だった。
また来たいです。
ちえのわハウスライブが定例開催になる事を願う。
そんなアンケート結果でした。

私もまたここで開催したいです。
開いて良かった。

Chojiさんもちえのわさんも、お互いが気に入った様でした。
良かった、良かった。


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2012年1月 5日 (木)

acha's Room通信 第40号 謹賀新年

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食とからだの研究室
acha's Room 通信 第40号   2012.01.05
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
このメルマガはacha's Roomの会員さんに主にacha’s Roomとachaのスケジュールをお知らせしています。
--------------------
 新年明けましておめでとうございます。今年は良き年にしたいですね。
明日が来ることがあたりまえ。それにちょっと不安を感じた昨年でした。
 今年も、新年早々に地震もあって、何が起こるか不安な出足でしたね。
でも、どんな事が起きても動揺しない気持ちが大事だと思います。
地球が…宇宙が…神が… 我々人間に何かの暗示をしている。私はそのように実感しています。
今日に感謝して、地球に住まわせてもらっていることに感謝して、共存して、自分の直観を信じて、そんな生き方が求められていると思います。
 そして、私は何かに試されているような気がしてなりません。気付け!と。
まぁ、しかし、深くは考えずに、とにかく日々を充実させて、2012年を過ごして行きましょう。
 今年はやりたい事を出来るようにやって行こう。焦ってもしかたない。で行こうと思います。今年も、acha's Roomをよろしくお願いします。

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2012年1月 2日 (月)

子供の頃のお正月の記憶

元日も暮れました。
元旦と元日って何が違うの?
の質問。

元旦は元日の朝で、元旦の朝って言わないんだよ。
1月1日の事を元日って言うんだね。
旦は海から初日の出が昇って来るように見えないかなぁ。

ラジオを聴いていたら、元日には掃除をしてはだめ。って祖母に言われた。って有りました。
これが本当かどうなのか、リスナーさんに聞いてました。


私が知っているのは、お正月三が日は掃除はしてはだめ。
でも、昔は箒で掃き出したからだと思う。
うちでは、母が掃除機は吸い取るからいいのだぁ。なんて言ってました。

なんで、三が日に掃除をしてはいけないのか。
たぶん、年神様が家に来ているので、掃除をすると掃き出してしまう。と言うことだと思います。

他にも、松の内は、爪を切ってはだめ。
とこんな事を今日は思ったのです。


私の記憶もどんどんと薄れて行くのですが、ちょっとここに書き残しておこうと思ったのです。
私の子供の頃のお正月について。

我が実家は、それほど行事にこだわらなかったので、略式が多いけど、それでも今よりいろいろやっていた。

今は昭和が新しいっていうよね。

私の子供の頃はまだ日本は貧しかった。貧乏ではないけど、みんなが同じように、質素だった。
豊かではなかったけど、やるときはやるって感じ。
近所も町内会の付き合いも濃かったなぁ。

歌のように、もういくつ寝るとお正月。って楽しみにしていました。
お年玉はもちろんですが、貧しいが故に、正月だけの楽しみが沢山有ったのです。

大晦日は、唯一夜更かしが許された日でした。
普段は9時か10時には寝てました。

お菓子を沢山買い込んで、早めにお風呂に入って、早めにご飯を食べて。
年越しそばです。
自家製のかき揚げや、にんじん、お芋の天ぷらでした。

湯冷めをしないように沢山着込んで、こたつに入って。
テレビを見ます。
いつもなら、お菓子なんて夜には食べられないけど、この日はこたつの上に沢山のお菓子です。
いくら食べても怒られない日です。


小学校の頃の大晦日の記憶はあまり無いのです。
我が家は昭和36年頃からテレビは有りました。
でも、大晦日の夜の記憶が出て来ない。

中学の頃からははっきりしてきます。
レコード大賞も大晦日の7時になって。
歌謡曲全盛期でした。

当時に出始めた、カセットレコーダーに録音したものでした。
最初はケーブルでつなぐことも知らずに、テレビのスピーカー部分にレコーダーをくっつけてやってました。
誰かのくしゃみとかが大きく入ったりして。

母はおせち料理を作り、石油ストーブの上では、昆布巻きなどがコトコト煮えていました。

ゆく年来る年は、ほとんど見る事もなく、寝てしまう。
年が明けるまで、起きていられるようになったのは、中学の頃かなぁ。


元日
元旦のお雑煮は父親が作るのが習わし
横須賀がそうなのか、男の人が作る家が多かった。

大晦日に、母が出汁や具は用意して有りました
父に「お餅は何個だ」と聞かれる。
石油ストーブでは、お餅も焼きました。

昨夜が遅かったので、いつもより遅い時間の朝飯になります。
服装はよそ行きです。

下着も新しいのを元日に下ろすのです。
上から下まで新品

おせちは、かまぼこ、数の子、なます、黒豆、芋きんとん、煮物いろいろ
私は、伊達巻きは嫌いだったなぁ。
分厚く切ったハムも有ったなぁ

父親はビール
私たち子供も、プラッシーかサイダーが飲める。それが嬉しかった。
お米屋さんで取ってもらう。
お誕生、クリスマス、お正月。こんな時くらいしか買ってもらえない、貴重な飲料水
コーラもまだ一般化して無かったです。

お年玉をもらってから、近所の幼なじみと羽根つき。
たこ揚げは小学校のグランドに行ってあげた。

2日

この日は朝風呂に入ります。
そして、着物を着るのです。
朝日がまぶしかった事を記憶しています。

近所の神社に初詣

親戚が集まるのもこの日
お年玉をもらえるので嬉しかった。

ちゃんと挨拶をしないといただけなかったり
予想外の人がやってきて、いただけたり。
母の兄弟が多いので、もらう数も多くて。
総勢30人ぐらいが集まって、ワイワイガヤガヤ
子供たちは、カルタ、トランプ、福笑い、羽根つき
ちゃんと、墨で顔にばつを付けましたね。


3日

凄く小さい頃は、この日も着物を着ていたような。
今日も親の実家詣で

小学生の頃は、もらったお年玉で買い物にいったかなぁ。
デパートは3日くらいからの営業だったか。
3が日はどこへ行っても、ほとんどの店は閉まっていた。

夜は、ごちそうが多かった。
いつもとは違うよそ行きな感じの3日間

おせち料理にも飽きて来るけど

4日

服も普段着にもどって、普通の日になる。
お正月に用意した料理の消化
プラッシーの残りも少なくなって、寂しかった。

こんな感じで、三が日って言うのは特別な日だった。

神棚や仏壇が有る家は、他にもまだ行事があったと思います。
うちの母は、年末の掃除はするけど、お飾りやしめ縄などはした事が無かった。
新年の新品下着は昭和50年頃まで続いたかな。


おせちの内容も変わってきて、簡素化していた。
世の中にいろんな物が普段でも有るようになって、お正月じゃなくても食べられるようになってきて。

あんなに楽しみだった、プラッシーも、コーラやファンタに変わったし
いつでも飲めるようになっていた。

あの正月のワクワク感というのは、歳を取ったから無いのか、それとも世間がないのか。
確かに元日から店は開いているし、日の丸の掲揚もない。
そう言えば、実家にあった日の丸はいつから掲げなくなったのだろう。

昔はみんなの家に日章旗はあったのだろうか。
今我が家にはない。

みなさまの子供の頃のお正月の記憶ってどんな物なんだろう。
自分で書いていたら、人のお正月が気になりだした。

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろありがとうございました


皆様にとって良き年で有りますように
平成24年もacha's Roomをよろしくお願いします。

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